統計的意思決定理論に基づく診断プロセスにおける効用値の決定

Determination of utilities in diagnosis process based on the statistical decision making theory

  

桑田 成規1) 松村 泰志1) 岡田 武夫1) 中野 裕彦1)
岡本 裕司1) 高橋 大曜1) 楠岡 英雄2) 武田 裕1)

Shigeki Kuwata1) Yasushi Matsumura1) Takeo Okada1) Hirohiko Nakano1)
Yuji Okamoto1) Daiyo Takahashi1) Hideo Kusuoka2) Hiroshi Takeda1)

大阪大学医学部附属病院医療情報部1)
Department of Medical Information Science, Osaka University Hospital1)

国立大阪病院臨床研究部2)
Institute of Clinical Research, Osaka National Hospital2)

Abstract:
The simulation of diagnosis process based on the statistical decision making theory that we presented before was proved useful in that it required less parameters than other systems based on メif-thenモ rule. Of the parameters in the simulation, however, the cost of examinations and the patientユs loss under treatments were given a priori , which would be an obstacle when applying it to a clinical decision support system. In this paper, we presented how the parameters were determined in order to give the same diagnosis process as experts, taking for an example of diagnosis for angina pectoris. The results well agreed with the parameters obtained from the expertユs experience

Keywords: diagnosis process, statistical decision making theory, utility, angina pectoris

 


1 はじめに

統計的意思決定理論を基礎とした臨床決断分析では、起こりうる事象下でそれぞれの行動をとった場合の損失と、それぞれの事象が起こる確率から、それぞれの行動をとった場合の期待損失を求め、その最も小さいものが最適な行動とするものである。われわれは、この理論に基づき、ある疾病の診断プロセスで適応しうる検査が複数ある場合に、その検査選択手順の合理性を示す理論を提唱した1)。従来より盛んに研究が行われてきた、人工知能の技術を応用した診断支援システムにおいては、多くの知識をコンピュータに登録する必要があったのに対し、この理論を基にしたシミュレーションでは、比較的少ないパラメータの設定で専門医の診断プロセスを再現することができる点に有用性が見い出された。しかし、このシミュレーションを実行するためには、効用値(各検査のコスト、各治療を受ける際の患者の損失など)を、具体的に数量化しなければならず、その根拠に客観性を求めることは困難である。これは、当理論を診断支援システムで実現するために、解決しておかなくてはならない課題であると考えられる。

本研究では、前研究と同様、労作性狭心症の診断プロセスを例に、医師の日常的にとっている診断プロセスから、逆にこれら効用値の推定を行う試みを行った。以下にその報告を行う。

 

2 方 法

2.1 労作性狭心症の診断プロセスのシミュレーション(前研究)

労作性狭心症においては、エルゴ負荷心電図(エルゴ;t0)、運動負荷心筋シンチグラム(シンチ;t1)および心臓カテーテル(心カテ;t2)の検査によりを診断を行うとし、診断の結果、放置(a0)、薬物治療(a1)、侵襲的治療(a2)のいずれかの行動(治療)が取られるとする。表1に、シミュレーションに必要なパラメータとして、(a)検査前の問診により、患者が労作性狭心症であるとする確率(問診後確率)、(b)患者が実際に労作性狭心症である場合(d1)とそうでない場合(d0)に、それぞれの行動を取ったときの損失、(c)各検査のコスト、(d)各検査の診断精度を示す。

問診後確率を所与のものとして、(1)同一の検査は2回以上行わない、(2)治療が選択された段階で診断は中断する、の条件下で、検査および治療のあらゆる組み合わせについて、それぞれの損失期待値を計算する。これらのうち、最小の損失を与える検査・治療の組み合わせを最適行動と定めた。

 

2.2 効用値の推定

前項のシミュレーションを実際に行うためには、表1-(b)(c)に示した9つの効用値を数値として与えなくてはならない。これら効用値を、以下の方法により求めた。

専門医に問診後確率が与えれた場合に、その後に取る診断プロセスを問い(図1)、以下の1)〜4)の条件の下で、効用値を変動させながら上述のシミュレーションを行い、専門医と同一の診断プロセスを与える効用値を定めた。各パラメータの変動は、刻み幅を段階的に細かくし、最終段階での刻み幅は、C(t0) 、C(t1) を0.1、それ以外を1とした。

1) C(a0,d0)=0

2) C(a0,d1)=100

3) C(a2,d0)=∞(実際には、システムの関係上、C(a2,d0)=16000とした)

4) パラメータの大小関係を以下のように与える。

・0 < C(t0) < C(t1) < {C(t2), C(a1,d0)} < C(a2,d1)

 < C(a1,d1) < 100

・{C(t2),C(a1,d0)}<30

[{_,_}は、両者の大小関係が任意の意]

 

3 結果と考察

図1に示された専門医の診断プロセスに基づく各効用値の推定結果を表2に示す。 この結果を専門医の直感的な値と比較すると、シンチのコストが低め、疾患のない患者に対する投薬の損失が低めであると評価されたが、その他は、ほぼ一致していた。

ここで得られた効用値は、専門医個人の持つ価値観を反映している。複数の専門医の診断プロセスを解析することにより、平均的な効用値を求めることが可能である。同時に、複数の疾患の診断プロセスについて、同様の手順にて効用値を求め、これらを組み合わせれば、特定の疾患についての鑑別診断に応用可能である。

本法は、診断支援システムの実現に向けての新しい手法となることが期待される。

 

参考文献

[1] 中村考志,松村泰志,岡田武夫,他:統計的意思決定理論に基づく診断プロセスのシミュレーション−労作性狭心症を例として−.第17回医療情報学連合大会論文集,364-365,1997

[2] Jakob G, Mair J: Ergometric exercise testing and sensitivity of cyclic guanosine 3',5'-monophosphete(cGMP) in diagnosing asymptomatic left ventricular dysfunction. Br Heart J 73(2): 145-50, 1995

[3] Travers AM, Nel CJ: The arm ergometer exercise test for evaluating coronary artery status in patients presenting for peripheral vascular surgery. S Afr J Surg 28(4): 148-50, 1990

[4] Galanti G, Sciagra R: Diagnostic accuracy of peak exercise echocardiography in coronary artery disease: comparison with thallium-201 myocardial scintigraphy. Am Heart J 122(6): 1609-16, 1991

[5] Levy R, Rozanski A: Analysis of the degree of pulmonary thallium washout after exercise in patients with coronary artery disease. J Am Coll Cardiol 2(4): 719-28, 1983

[6] Hansing CE: The risk and cost of coronary angiography. JAMA: 242-735, 1979