Yasushi Matsumura1, Hiroshi Takeda1, Takeo Okada1, Shigeki Kuwata1, and Michitoshi Inoue2
2国立大阪病院
〒540 大阪市中央区法円坂2丁目1-14
Osaka National Hospital
2-1-14, Hoenzaka, Chuo-ku, Osaka 540, Japan
要約:病名は、重要な診療情報の一つであり、これを電子化する場合、日常業務に利用することに加え、データが蓄積され研究目的等に利用されることが期待される。我々は、この条件を満たすシステムを本院の病院情報システムで稼働させた。本システムでは、病名は、医師により直接登録され、レセプトへの印字、入院予約他、多くのシステムで利用されている。更に、診療データベースにダウンロードされ、他の診療データを含めた解析に利用されている。データを解析可能とするためには、全登録データがシソーラスに体系化されていることが必要である。本システムでは、フリーテキスト入力を許さず、全て病名マスターから選択する方式を採用し、十分充実した病名マスターの作成に努力した。本システムの病名登録数は、稼働前よりむしろ増加し、入院患者の主病名登録率は、99%と高率であった。今後、蓄積されたデータが分析され、有用な情報が得られることが期待される。
キーワード:病名登録照会システム、病院情報システム、病名マスター、ICD 10、シソーラス、診療データベース
Abstract: Diagnosis is one of the most important pieces of patient information. In dealing with such data in the computer system, it is expected that it be used for clinical study in addition to routine work. We succeeded in implementing such a system that satisfied these conditions. In this system, medical doctors directly input diagnoses, and this then is widely used for printouts of accounting bills and hospital admittance requests, etc. Furthermore, the entered data is downloaded to a clinical database system where it is used for analysis with other clinical data. In order to make this data possible for analysis, the entered data had to be semantically systematized. In our system, we adopted a method in which all terms must be chosen from a prepared list. Therefore, we made a master file which included a substantial name list of diseases. The number of entered diagnoses by this system is more than that before it started. Chief diagnoses are pointed in 99% of inpatients. These results show that this system is operating smoothly and entered diagnoses are used as clinical information. It is expected that analysis of stored data will further provide us with valuable information.
Keywords: diagnosis entry system, hospital information system, master file for disease name, ICD 10, thesaurus, clinical database
1)医師が直接入力する。
2)職員が必要な時にいつでも照会できる。
3)他システムで利用可能である。
4)データが蓄積され、研究目的等の後利用が可能。
従来の病名登録システムは、レセプトへ印字することを目的としており、医事シス テムに含まれ、医事課職員が登録作業を行っている場合が多い。一部の病院では、発 生源入力の考え方を取り入れ、いわゆる病名オーダと呼ばれるシステムを導入し、医 師が直接登録する運用に成功している[2-5]。この病名オーダリングシステムは、基 本的に1)2)3)の条件を満たしている。一方、病名の診療情報としての価値を重 視し、病歴管理システムとして退院時病名の登録を行い、医事請求業務から分離した 病名登録システムを導入している病院もある[6-9]。これらのシステムは、1)4) の条件を満たしたシステムと言える。
病名オーダリングシステムが4)の条件を満たす為には、i)全登録データがシソ ーラスに体系化されたコードが付けられている、ii)患者にとっての重要性を示す情 報が登録されている、iii)後利用するためのシステムが構築されている、ことが必 要である。病名がフリーテキストで入力され、これにコードを付ける作業をしなかっ た場合、蓄積されたデータを有効に後利用することは、実質的に不可能であり、i) の条件が必要になる[10,11]。また、レセプトに印字するためには、診療行為に対応 する病名が登録され、1人の患者に複数の病名が記載されるのが通常となるが、病歴 データとして必要なデータは、このうちの一部である。病名登録時に、病歴データと して必要か否かを指定できる仕組みが必要であり、ii)の条件が必要となる。また、 データが蓄積されても、これを自由に検索できる仕組みがなければ意味がない。病院 情報システムでは、患者を特定してデータを抽出することを優先して作られており、 データを検索して患者を抽出したり、他の診療データとクロス集計することは、一般 に苦手としている。研究目的に後利用するためには、これらのことが可能なシステム を備えている必要がある。現在まで報告された病名オーダリングシステムで、研究目 的の為の後利用に必要な条件を完全に満たしたシステムの報告はない。
一方、病歴管理システムの場合、4)を目的として構築されるが、入院患者に限定 されており、外来患者の病名を取り込んだシステムの報告はない。また、レセプトへ の印字を特殊な機能として除外して考えても、病歴管理システムが、入院予約、手術 申し込み、給食オーダ、検査オーダ等の他のシステムで利用されているとの報告はない。
我々は、1)から4)の条件を満たした、いわゆる病名オーダリングシステムとし ての機能と、病歴管理システムとしての機能をほぼ完全に合わせ持ったシステムを目 標とし、本システムを開発し、本院の病院情報システムで稼働させた。
本システムの特徴は以下の通りである。
1)病名は、外来、入院とも医師が直接コンピュータに登録している。
2)登録された病名は、病名を照会することを許可された職制の職員は、どの病院情
報システムの端末からでも照会できる。
3)登録された病名は、レセプトへの印字だけでなく、入院予約システム、手術申し
込みシステム、給食オーダ、看護システム、検査オーダ等に利用されている。
4-i)登録される病名は、全て本院で作られた病名マスターから選択される。この病
名マスターには、診療データベースとして機能するのに必要な詳細な病名が登録され
ている。病名コードは、International Classification of Diseaseの第10版(ICD 1
0)[12]に準拠し、さらに2桁の枝番を追加して、全病名がコードにより、シソーラ
スに体系化されている[13]。
4-ii)登録病名は、病歴管理区分を持ち、主治医が登録時に患者にとっての重要性
を登録できる仕組みを持つ。
4-iii)登録された病名は、病院情報システムのデータベースに登録されるだけでな
く、診療データベースにダウンロードされ、このシステムを利用して、簡単に検索で
きる仕組みを持つ。診療データベースには、病名データだけでなく、患者基本情報、
診療歴情報、処方歴情報等があり、また、検体検査データ、放射線レポートも取り込
む予定であり、これらのデータとのクロス集計も可能である[14]。
本稿では、本システムの概要、運用方法、さらに、病歴管理システムとして成功さ せる為に最も重要である病名マスターの考え方、構造、作成手順について報告する。 本システムは、約2年半の稼働実績があるが、この間の運用状況を報告し、また、蓄積されたデータの解析例として、本院の診療対象患者の実態を示す。
病歴管理区分は、病名の患者にとっての重要性を示す属性である。「入院主病名」 、「主病名」、「病名」、「保険病名」、の4つのクラスがある。「入院主病名」は 、入院の目的となった病名、「主病名」は、治療の対象となる主な病名、「保険病名 」は、保険請求上必要となる病名(例:肝機能障害の疑い)、「病名」はそれ以外の 病名である。
サマリー画面(Fig.2 A)には、操作している医師の診療科で登録された病名が、病 名クラスの重要なものから表示される。それぞれの病名に病歴管理区分を表すマーク が表示される。他科で登録された病名も、表示モードを変更すると照会できる。
新規に病名を登録する場合には、メニューバーの新規を選択すると登録画面に遷移 する。開始日を入力(リターンキーで操作当日が自動入力)し、次にカーソルは基本 病名の選択に移動する。通常は、キーワードを入力し、ヒットした病名リストから病 名を選択する(Fig.2 B)。キーワードを入力せず、リターンキーを押下すると、分類 検索、科セット検索の選択ウィンドウが表われ、階層構造に従った検索ができる。科 セットを選択すると、操作者の所属する科の科セットが表示され、ここから病名を検 索できる。フリーテキスト入力は認めない。
基本病名に3つの接頭語と1つの接尾語を付加することができる。接頭語は、主に 部位を現す表現が含まれている。第一接頭語は右、左、前、後等の基本的な位置を示 す語が含まれている。第2、第3の接頭語は、より詳細な部位を現す言葉が含まれて いる。整形外科領域の疾患、皮膚科領域の疾患では、部位の登録が重要である。この ような部位の選択もキーワード検索または分類検索で選択する。接尾語は疑い等の修 飾語を含む。
病歴管理区分の既定値は「病名」となっている。変更する場合は、選択リストから 選択する。
その他の機能として次のものがある。
自動終了:この機能をオンにすると、3カ月後に終了日が入り転帰が軽快で終了する。
機密保護:この機能をオンにすると、サマリーに病名が表示されず、コード番号が 表示される。秘匿病名とする場合にこの機能は有効である。
レセプト非表示:この機能をオンにすると、レセプトに表示されない。保険継続病 名が登録されていると、請求上この病名を変更することができないが、実際には、更 に詳細な病名が分かってくることがある。この場合は、保険継続病名を保険病名とし 、詳細な病名を主病名として、レセプト非表示としておくと都合が良い。
ここで必要なデータの入力後(Fig.2 C)、確認終了メニューから登録を選択するとホストコンピュータにデータが登録される。
この診療データベースには、病名関係以外に、患者基本情報、外来、入院の診療歴 情報、薬歴情報が登録されている。近々、検体検査結果、放射線レポートも扱う予定 である。このデータベースシステムでは、病名とこれらの病名以外のデータとのクロ ス集計も可能である。KeySQLのクライアントソフトを利用することにより、このよう な多様な検索が簡単な操作で実行できる。やや複雑な集計も、クライアント側でプロ グラムを組むことにより可能である。この検索システムは、セキュリティ上の問題が 未だ解決されていないため、医療情報部の端末に接続を限定している。各科からの検 索依頼を医療情報部で受け、データを返す運用方式をとっている。
#1. 診療上必要とする病名が全て含まれていること。
#2. 1つの疾患概念に1つのコードが対応すること。
#3. 疾患の上位・下位の概念がコードに盛り込まれていること。
#4. 病名コードは、標準的な体系に準拠すること。
本システムでは、データの後利用を重視し、病名のワープロ入力を認めていない。 従って#1の条件は必須となる。#2、#3の条件は、調査や検索要求に迅速に答えるため には必要であり、#4の条件は、調査の対象が全国規模に拡大しても対応できるために 必要となる[17]。我々は、1992年に発表されたICDの第10版を病名の標準的なコード 体系とみなし、これに準拠して病名マスターを作成することにした。
(1)ICD 10では分類カテゴリーの説明的名称が使われており、臨床病名として馴染ま
ないものがある。(例:冠動脈血栓症、心筋梗塞に至らなかったもの)
(2) ICD 10では疾患概念が広すぎ、更に詳細な疾患概念が必要となる場合がある。
(3) ICD 10では、疾患概念が詳細すぎ、臨床上、更に大きな疾患概念が必要となる場
合がある。
(4) ICD 10の疾患分類体系が、臨床的な分類と異なるものがある。
我々は、ICD 10のコード体系を維持しながら、臨床上使用しやすい病名マスターと するため、以下のルールを設けた。
(1) 病名は、ICD 10そのままではなく、臨床的な病名に替えることを許す。細分類病
名について「unspecified」の修飾語は省略し、小分類と同じ病名を登録する。「oth
er」の修飾語は原則的に不可とし、可能な限り、該当する具体的病名をそのコード番
号枠で登録する。但し、教育・研究の目的で「other」の修飾語を持つ病名の登録が
必要な場合「他の」を修飾語として使用することを許可する。
(2) コード番号は6桁とし、上4桁をICD 10のコード番号とし、更に2桁を付与する
。下2桁は、0~9、A~Zまで使用できる。ICD 10より詳細な概念の病名を登録する場
合、上4桁はICD 10の番号をそのまま使用し、下2桁に1から順に番号を付与する。
下2桁が00の場合、ICD 10と同一疾患概念を意味する。同じ疾患概念であるが多少ニ
ュアンスが異なる病名の登録を診療科が希望した場合は、下1桁が1番異なる病名コ
ードを付けて登録する(例:B08200; 突発性発疹、B08201; ヒトヘルペスウイルス6
感染症)。
(3) ICD 10で細分類病名がないものは、小分類病名を上4桁目を9として登録する。
(ICD 10では、unspecifiedの修飾語のつく病名は原則的に上4桁目が9となっている)
(4) ICD 10の病名が詳細過ぎる、あるいは当院では必要がない場合、省略することを
許す。但し、ICD 10における2つの概念を1つにまとめるときは、そのいずれかのコ
ードを付ける。
まず、ICD 10を当院の診療科に対応するよう臓器別に編制し直し(特に、感染症、 新生物、先天奇形、症状)、各臓器別グループの作業範囲を定義した。各診療科で、 関係する臓器別グループそれぞれに対しワーキング委員を選出させ、これら委員によ って臓器別グループを組織した。このグループで、担当領域の病名マスターの作成作 業を行い、医療情報部が全体の作業のコーディネートを担当した。病名マスター完成 後、分類検索マスター、キーワード検索マスターを作成し、更に、各診療科で、頻用 病名リストを作成した。これらは、全てパーソナルコンピュータ上で作業し、フロッ ピーディスクに記録した。これらのデータをホストコンピュータ上にアップロードし 、マスターを完成させた。
旧病名マスターとの対応表を、各臓器別グループで作成し、対応表に基づいて旧シ ステムにおいて蓄積された患者病名の旧コードを新コードに変換した。旧システムで フリーテキストで記載された病名等、自動的に新コードが付けられないものについて は、主治医に修正を依頼した。
本システム稼働当初、外来での病名の未登録件数が多いことが問題となったが、数 カ月で医師が端末操作に慣れ、外来、病棟ともに病名の登録は順調に行われている。 Fig. 3は、病名登録数の変遷を示している。本システムが稼働する前は、医事課職員 による代理登録の運用形態をとっていた。本システム稼働後の病名登録数は、稼働前 に比しむしろ増加している。この増加は、患者数の増加によるものではない。
外来患者、入院患者それぞれの1患者、1診療科あたりの病名登録数を全診療科に ついて100例をランダム抽出し調査した。外来患者では、平均4.5件、入院患者では、 平均7.2件であった。また、主病名の登録率は、外来で39%、入院で99%であった。
本診療データベースを利用した解析例の結果をTable 2、Table 3に示す。Table 2( A)は、平成7年度に登録された病名(保険病名、疑い病名を除く)のICD 10の大分類 項目別頻度を示している。Table 2(B)はこの内、主病名について小分類項目別に集計 し、頻度の多い上位10位を示している。主病名では、腫瘍性疾患、眼の疾患の頻度が 上位にある。
病名登録数の頻度は、必ずしも診療実態を表していない。Table 3(A)は、Table 2( A)と同じ対象の病名を、ICD 10の中分類項目別に集計した上位10位である。(B)は、1 995年4月3日から7日に本院外来を受診した患者の保有する病名(保険病名、疑い病名 を除く)の中分類項目別の頻度(1日平均全病名数で除した百分率)の上位10位であ る。(B)は、本院の外来診療の実態をより明確に示した統計と考えられる。この統計 には、病名ファイルと外来診療歴ファイルを用いて処理している。(B)の統計では、( A)に比し、高血圧、代謝障害、糖尿病等の慢性疾患の頻度が高くなっている。
従来より、病名登録システムは、レセプト作成業務を支援することを目的に導入さ れてきた。ここで蓄積されたデータを検索可能とし、診療実態等の分析に利用しよう とする試みはあるが、以下に示す条件が整っていなければ実際には難しい[2-5, 18-2 3]。一方、病名の診療情報としての重要性から、病歴管理システムとして、退院時病 名を登録するシステムもいくつかの病院で導入された[6-9]。しかし、このシステム で外来患者まで扱った例はない。我々は、登録された病名を、レセプトへの印字や、 職員間の伝達に利用されるだけでなく、データを蓄積し、研究等の目的で分析できる システムの開発を目標とした。
登録された病名を、レセプトへの印字や、職員間の伝達に利用される場合、病名は 、フリーテキストで入力されて問題はない。しかし、研究等の目的で、蓄積されたデ ータを分析するためには、登録されたデータがシソーラスに体系化されている必要が ある。病名は、患者の状態を総称するための言葉であり、患者を診た医師が最も適当 と思う言葉が選択される。例えば、ある病態の患者に対し、労作性狭心症、労作時狭 心症、effort angina、狭心症、angina、虚血性心疾患、ischemic heart disease、 冠動脈硬化症、冠不全、coronary heart disease等の病名の選択が可能である。この 中には、全く同義語もあるが、ある病名がある病名に完全に含まれるもの、類似して いるが多少概念が異なるものもある。後に、ある疾患の患者を検索(例えば狭心症の 患者を検索)したいと考えた時、それぞれの病名のシソーラスがコンピュータ上で定 義されていなければ正確な検索はできない。これを解決する方法に、2つの方式が考 えられる。第一は、予め、シソーラスに体系化された病名リストを用意し、ここから 選択して登録する方式である。この方式では、登録データには確実にこのシソーラス 内の位置が示される利点があるが、選択リストが十分でなければ、登録したい病名が 登録できないという事態が発生する。第二の方法は、フリーテキストで病名を登録し 、後から解釈してシソーラスの位置を示す方式である。この方式では、登録作業が楽 になり、導入が容易である。しかし、登録された病名に対し、後から解釈を付加する 作業は膨大であり、しかも継続が必要となる。現状では、第一の方法と、第二の方法 を混在化させた方法、すなわちリストからの選択を基本とするが、フリーテキスト入 力も許し、これらに対し後からコードを付ける作業を行う運用を取る病院が多い。こ の方法で成功した報告例もあるが[23]、コードとの対応作業を継続することは、運用 的にはかなり難しい。しかし、これを怠った場合、検索、集計のための利用は諦めざ るを得ない。我々は、第一の方法を採用し、フリーテキストでの登録を一切認めてい ない。このためには、十分充実した病名リスト(病名マスター)を作成する必要があ った。
フリーテキストによる病名登録を許さない運用をとる場合、医師が直接病名を登録 する運用が必須となる。医師が紙に記入した病名がマスターに存在するとは限らない 。同義の病名をマスターから探す必要が生じるが、医事課職員がこの作業を代行する のは事実上不可能である。従来より、医師が直接病名を登録することの必要性が論じ られ、実際に、外来、病棟とも医師が直接登録する運用に成功したとする報告がある [2-5]。この議論の中で、常に問題にされるのは、特に外来の場合、忙しい診察時間 中に病名登録する時間がとりにくいというものである。本院の病院情報システムでは 、GUIが実現しており、登録手順はきわめて簡単である。マスターから病名を検索す る際にも、キーワード検索により、フリーテキスト登録に近い感覚で病名が登録でき る。マスターのコピーが端末のハードディスクにあるため、検索時間も早い。実際に 、病名登録システムを起動し、1つの病名を登録して終了するまでの時間は約20秒で ある。この時間の延長は、実質的にはほとんど問題とならない。本システム導入前は 、病名通知書による紙の運用を行っていたが、これに記載する場合でも、多少の時間 が必要であった。本院では、本システムを導入して約2年半が経過したが、医師が直 接病名登録する運用形態については、特に問題にされることなく定着している。運用 開始当初、登録病名数が減ることが心配されたが、実際には、医事課により代理登録 されていた時期に比べ、病名登録数は増加した。
フリーテキストによる病名登録を許さない運用をとる場合、十分に充実した病名マ スターの存在が必須となる。従来より、病名マスターは、ICDに準拠して作成される ことが多かった。これは、全国的な統計調査に対応できるようにするためである。本 システムのマスター作成作業は、1993年1月から開始したが、その直前、ICDが16年ぶ りに改訂され、第10版が発表された。この時点で、ICD 10に準拠した病名マスターを 利用した病院はなかったが、将来的には、ICD 10が標準になると判断し、ICD 10に準 拠してマスターを作成することとした。ICD codeは、そもそも死因統計、疾病統計を 目的に作成されたものである。ICDでは、疾患の分類のための項目が定義されている のであり、これをそのまま診断名とすることは難しい場合が多い[24]。疾病統計をと ることは、目的の一つではあるが、医療従事者間の情報交換やレセプトへ印字するこ とも、同様に重要である。従って、病名マスターに登録する病名は、診断名として適 切なものであることが必要である。また、病名登録は、診断の途中のプロセスでも必 要であり、この場合、大きな概念の病名が必要となる。一方、検査を重ね詳細な病状 が明らかになった場合は、これを登録することが望ましい。ICD分類では、大きな概 念の病名、詳細な概念の病名のどちらも不足している。ICDでは、分類が目的である ため、まれな疾患については、「その他の」の修飾語が付く分類項目に含ませる方式 をとる。しかし、このような病名が診断名として患者につけられた場合、その意味す るところは不明となる。腫瘍の分類では、ICDでは、場所を表すコードと組織型を表 すコードの2つのコードで表現する方式をとっている。しかし、診断名としては、比 較的大きな枠での部位と組織型を混在させた呼び方が一般的である。例えば、胃癌は 、良く知られた病名であるが、ICD 10では、部位不定の胃の悪性腫瘍の一分類となる 。このように、統計をとることを主目的として作成された分類体系に準拠して病名マ スターを作成する場合、かなり大きな変更が必要となる。我々は、ICD 10のコード体 系を維持しながらも、基本的には、臨床上必要な病名を全て登録する方針で作業に臨 んだ。
実際、運用が始まると、登録したい病名が病名マスターに無いことが発生した。こ の場合、病名マスターへの登録依頼を医療情報部に提出し、登録作業をすることにな るが、この作業期間中は、登録したい病名が登録できないことになる。マスター作成 時に熱心であった診療科は、後から病名登録を依頼することは希であったが、そうで なかった診療科では、運用が始まってから、かなりまとまった数の依頼数が発生した 。しかし、2年半を経過した現在、新たにマスターへの病名登録を依頼される件数は 少なくなっている。
本システムの構築の中で、この病名マスターを完成させるのに最も多くの時間と労 力を要した。本システムの考え方に賛同していただく病院は多くあったが、それぞれ で、病名マスターを整備することは難しく、また生産的でない。本マスターを他院で 利用されることに関し、病歴管理委員会で議論した結果、他院への又貸しをしないこ とを条件に許可することで決定された。現在、10の病院で本マスターが利用されている。
登録された病名は、レセプトへの印字にも利用されるため、診療行為に対応した病 名すべてが登録される。しかし、この為、1人の患者に複数の病名が付けられること が一般的である。これらの中で、医師の意識の中では、診療上重要なものとそうでな いものとの区別があることが多い。これが区別されなかった場合、患者の特質を集約 した情報としての病名の価値が失われる。本システムでは、患者にとっての重要性を 4段階で表現し、登録できる仕組みを持つ。これにより、複数ある病名の中で重要な ものがどれであるか、病歴として管理が不要なものがどれであるかが明らかとなる。 保険請求業務のチェック機構が働くため、病歴管理に必要な病名が登録されずに放置 される例は少ないと予測されるが、病歴管理に不要な病名が混在している可能性は大 きい。本システムでは、これらの病名は、病歴管理区分で区別できる仕組みを持つが 、これが、全例で、正しく利用されていることは期待できない。また、実際には治癒 した病名が、データ上終了されずに患者病名として残っている例もかなりあると予想 される。これらを正しく登録するか否かは、登録医師の判断に依存しており、これを コントロールすることは難しい。ここが、本システムの限界である。残念ながら、外 来通院患者の中には、主病名の指定がされていない患者も少なくない。しかし、患者 を入院させる際、入院主病名の指定をしなければ入院申し込みができない仕組みを持 つ。この強制力により、入院患者には、必ず、入院主病名が存在することになる。ま た、カーデックス等の帳票に主病名が印字されることから、入院主治医により、入院 患者における病歴管理区分は比較的良好にメンテナンスされている。このように、病 名の利用が広まると、これを正しく登録することの必要性が認識され、より精度の高 いデータの登録を促すものと期待している。今後、登録された病名を基に、診療対象 疾患を集計し、各科、各医師にフィードバックすることを計画している。
登録された病名を、検索、集計するためには、まず、その価値がある病名が登録さ れていることが必要条件であるが、さらに、これを実行するための仕組みを持たなけ ればならない。本院では、解析専用のシステムを構築し、ここにデータをダウンロー ドする方式を採用した。このシステムには、病名だけでなく、患者基本情報、外来診 療歴、入院診療歴、処方内容等の解析価値のあるデータが存在する。近い将来、検体 検査データ、放射線レポートも取り込む予定である。実際に、何か目的をもってデー タを解析する場合、単純な検索では完結できず、多くのデータベースファイルを同時 に検索し、処理を加えることが多い。本システムでは、これらのことが比較的簡単に 実行できる。また、解析システムのデータベースを日常業務のデータベースと分離す ることにより、24時間、気兼ねなく、検索プログラムを走らせることができる。
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3 勝山直文、他:琉大病名登録システムの稼働状況.第9回医療情報学連合大会.393 -396、1990
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